aikoの5枚目のシングルだけど、最初のシングル『ハチミツ』から1年半しか経っていない1999年11月17日の発売。
前作『花火』がブレイクして一躍注目される中での新作だったが、この強力なバラードで彼女は音楽シーンに不動の存在感を築いたといっていい。
何よりまずこの『カブトムシ』というタイトルがすごいよね。
ボクは「昭和の大衆歌謡」をこよなく愛する者なんだけど、その最大の魅力はダイナミックな歌詞世界なんだ。
『ジャワのマンゴ売り』、『バタビアの夜は更けて』、『ミネソタの卵売り』、『アルプスの牧場』、『サンフランシスコのチャイナタウン』といった国際色から、
『もしも月給が上がったら』、『僕は特急の機関士で』、『若いお巡りさん』、『野球小僧』なんていう生活直結型まで、
歌謡曲の詞の世界は縦横無尽、自由奔放そのもの。
シンガーソングライターが主流になり始めた頃から、等身大の自分、リアルな心情を歌うことがよしとされるようになって、歌詞の世界はどんどんつまらなくなった。
二十歳そこそこの人間の自分一人の経験世界なんてごくごく狭くて、惚れたのふられたのばっかり、あほらしくて聞いていられない。
『カブトムシ』も恋愛の歌だけど、恋した自分を、甘い蜜に誘われるカブトムシにたとえる大胆さは昨今の詞にはない(と言っても10年も前の曲だけど……)。
とは言え、よく解らない詞でもある。痛いほど恋する気持ちを綴りながら、「生涯忘れることはないでしょう」と先のことばかり考えているのはなぜ?
メロディもすごい。
近田春夫さんが「考えるヒット」でこの曲を取り上げて、コード進行が危ういほどスリリングと評していたように記憶するが、実にユニークで、でもギリギリでポップである。
言っておくが「ユニークでポップ」であることだけが音楽を成長させる。
そして何と言っても歌唱のすばらしさ。
まあ歌唱がよくなければここに書きはしないけど。
aikoのキュートで密度の濃い声がこの曲をさらに特別にしている。
その声のよさをさらに強調しているサウンドについても言わなければ。
アレンジのことではない。最後の音響調整作業をマスタリングというが、そのマスタリング段階でコンプレッサーをがんがん使って、音のプレゼンス、つまりスピーカーから飛び出してくるような感じを、ちょっと行き過ぎと思うくらいつくっている。
たとえば最後のブレイクのブレスがえらく大きいのはめいっぱいのコンプのせい。
これはこれで日本人マスタリング・エンジニアたちの音作りにはなかった大胆さで、ボクは好き。
こういうのはバーニー・グランドマンの前田さんが得意なのでてっきり前田さんだと思いこんでいたが、シングルにはクレジットがなく、この曲を収録したアルバム「桜の木の下」に、やはりバーニー・グランドマンだけど古川伊知子さんの名があった。