荻野目洋子の新曲「ギャラリー」の制作が佳境に差し掛かったある日、そのスタジオのピアノブースで川原氏と井上陽水の作曲セッションがいつものように始まった。
その日の作業の目的は、まだ決定していなかったシングルのカップリング曲を作ること。
様々なコードのバリエーションを試したあとで、マッカートニーが乗り移ったような川原氏の指先は、“Let It Be”を思わせるイントロを奏で始める。
“夏が過ぎ 風あざみ…”
メロディーとほぼ同時に詩を伴って陽水の口から零れ出たのがあの美しい歌いだしの部分だった。
そのモチーフを8小節の端正なAメロにまとめ上げたあとに、川原氏が選択したのは“イエスタデイ”のBメロにも通じる“影のある”コード展開。
“夢が覚め 夜の中 長い冬が…”
このBメロのきっかけのメロディーをさらに広げ、新たにサビにあたるCメロを作る方法もあったろう。
むしろその方が、あの当時の作曲法としてはずっと自然だったはずだ。
しかし二人が選択したのは意外にも、Bメロを8小節だけ展開させたあと、非常に珍しい3小節の終止形でコンパクトに収め、戻ったAメロにサビの役目を兼ねさせることだった。
その結果、Bセクションは8小節+3小節、つまり11小節というイレギュラーな形になっている。
4の倍数で組み立てるのが当然とされるポップスの王道の構造を覆し、なおかつ一切不自然さを感じさせないという点で、このBメロは“イエスタデイ”のAメロ(7小節)にも匹敵するものだと私は思っている。
全体がまとまったところで、のちに“少年時代”として日本中の人に愛されることになるこの名曲は、ピアノブースに持ち込まれた家庭用ラジカセで初めて録音された。
ラジカセのRECボタンを押したのは、荻野目洋子の担当ディレクターだった野沢孝智だった。
このファーストテイクは今も残っているそうだが、箇所箇所で最終完成形の詩の欠片がすでに入っていたという。
このデモテープは、当然のことながら平哲夫氏(荻野目が所属していたライジング・プロダクション社長:当時)はもちろん、荻野目サイドのスタッフの手に渡ることになる。
しかし、なぜか「ギャラリー」のB面としてレコーディングされることはなかった。
その理由に、この曲の不思議な運命に関わった人たちのドラマが隠されていた。
この項続く…
少年時代 / 沢田知可子 「ぼくのなつやすみ2 」テーマ曲
ほかにも忌野清志郎、佐藤竹善、宇多田ヒカル、
夏川りみ、岩崎宏美、中西保志など、多くのアーティストがカバーしている。
Paul McCartney Yesterday
7小節のマジック。