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2009年08月10日

井上陽水 『少年時代』<3>

text by ワダマサシ




「筑紫哲也ニュース23」のジングル録音をきっかけに始まった川原氏と井上陽水の信頼関係は、荻野目洋子のシングル及びそのカップリング曲の制作というミッションを得て次のフェーズへと進む。

その当時、陽水は自身にとって14作目(ライブ盤を除く)となるオリジナルアルバムの制作に取り掛かっていた。
1984年暮れにリリースされたセルフ・カバー・アルバム「9.5カラット」が自身にとって2作目のミリオンセラーを記録したのを受け、満を持して制作した次作「Negative」は、予想に反し期待したような評価を得られなかった。
その轍を踏まないために、陽水は制作過程に新たなエレメントの注入を必要としていた。
ビートルズという同じOSを共有しながらも、そのバージョンが異なる川原氏は陽水にとって正にパートナーとしてうってつけの存在だったのだ。
「ギャラリー」のレコーディングという機会を通じ、スタジオでしばしば顔を合わせることになった二人は、ごく自然に共同で曲を作るようになった。
かつて青山スタジオのリハーサルルームで、川原氏の作曲場面に立ち会っているわたしは、その時の二人の状況が目に浮かぶ。

スタジオのコントロール・ルームだけで作業が進んでいるとき、付属しているだだっ広い録音スペースは誰もいない体育館のように放置される。
薄暗い照明、心地よい防音、完璧に調整されたグランド・ピアノ――川原氏にとって、いつもそこは極上の作曲スペースだった。
ある日、川原氏は陽水の前で「Till There Was You」を弾く。
実はこの曲の作者は、レノン-マッカートニーではなくメレディス・ウィルソン。
ブロードウェイミュージカル「The Music Man」のために書かれたものだった。
原曲はオーケストラをバックにした典型的なミュージカル仕立てのスローなラブバラード。
それをラテン・ビートのポップスに料理したのは、ポール・マッカートニーのアイデアだったのだろう。
そのためビートルズの楽譜集にも載る機会がなく、ディミニッシュや四度マイナーを多用したスタンダード的な 美しいコード進行は、ビートルマニアの間でも意外に知られていない。
川原氏はそれをモチーフに美しいコードを奏で、陽水はその音景色に導かれるようにある佳曲を共同で作る。
その曲の名は、「Tokyo」。
井上陽水のアルバム「ハンサム・ボーイ」の6曲目に収録されているこの曲が、最初の二人の共作曲となった。
「少年時代」の生まれる直前のことだった。



この項続く…

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The Beatles / Till ThereWasYou....................井上陽水/ Tokyo








posted by 「HEART×BEAT」事務局 at 09:04| Comment(0) | 一曲入魂 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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